嬉しいとか楽しいとか恋しいとかそういうの全部

V6とSexyZone沼でゆらゆら流れつつ赤い薔薇に誓っています 

アイドルファンって業が深い

アイドルはファンにたくさんの素敵なものをくれるというのに、ファンというものはいつも理不尽なことをアイドルに強いているなあ。と思います。

考えても仕方ないことなんだけど最近もやっと考えている。
・友人に「ファンの鑑だね、正しいね」って言われたこと
・去年の末(からもしかしたら今現在も)#KTTタグが荒れたこと
がきっかけ。

私は好きなアイドルがアイドルとしてテレビに出てステージに立ってくれたらもうあとは何でも良くて、熱愛が出たり結婚してもいいの?って友人に聞かれた時にも、寂しいとは思うけどまあそれによって健全にアイドル活動してくれるならありがたいから普通に幸せになってほしいなあ。と答えた。
悲しい心もないとは言わないけど幸せでいてくれればいいかなと思う。
それで、ファンの鑑だね正しいねって言葉か返ってきたんだけど、正しいって何なんだろう。

私がアイドルに対して望む幸せは、
アイドルとしての仕事を充実させながら私生活で満たされてくれること であって、
もしも彼が望む幸せがアイドルとしての姿を放り出して適当に生きていく、
みたいなことだとしたら祝福できないと思った。
逆にアイドルに心を注ぎすぎて私生活や健康に害を及ぼすのも悲しいと思う。わがまま。

結局私が望む姿でいてほしいだけで、幸せになってほしいと言いながらただエゴを押しつけてるのかなあ。


そしてKTTタグの騒ぎがあった。
KTTに関してはあの騒ぎが本当に気持ち悪くて蒸し返したくない…とも思いつつ書いちゃう。消化のため。

KTTは、健人くんが毎日更新しているKenTeaTimeというブログにつけていたハッシュタグで、#KTTでエゴサしていることをほぼ公言していた。KTTはラブレターだとも言ってくれた。健人くんが自分のブログとファンとのつながりとして作ってくれたタグだった。

映画の番宣で共演女優さんの名前を呼び捨てにしたとかバラエティでの距離感とか雑誌でのコメントとか細々したところをつついて騒いだ人がいて、健人くんが見るというKTTのタグをつけて健人くんを非難していた。ものすごく気持ち悪かった。
確かなことなんてないのに、本当の事なんて誰にもわかるはずないのに健人くんの心の中身を決めつけて騒ぐ人たちが本当に気持ち悪かった。
それが原因かはわからないけれど今KenTeaTimeに#KTTはついていない。

私はアイドルのエゴサーチには反対派の人間です。
不特定多数の人の声を目にして取り入れてぶれてしまう姿なんて見たくないから。
だから最初健人くんがタグをつけたこともネット上のことに反応することもちょっと嫌だった。ごめんね。

でも1年以上毎日#KTTを更新して浸透させて、単なるエゴサーチではなく自分のブログを読むファンの声を拾えるタグにしてしまったことは素直にすごいと思っていた。
ストレートにファンに反応を求める文章にはこたえたいなって思えたし、健人くんがスライドして見るであろう文字列の中に私の言葉も入るなら嬉しいと思った。
それなのに結果として健人くんの優しさに甘えるファンが生まれてしまったんだなあ。
難しいですね。この件に関してのむかつきを書くと収まらないので本題に戻ります。

このKTTタグでわざわざ自分の好きという気持ちを振りかざして健人くんを責める人たちは、健人くんの何が好きだったんだろう、と思った。
確証がないことに腹を立てているっていうことも不思議だったけど、
それと別に、自分の望む姿から少し離れたと感じただけでここまで人を責められるものなのかなって。

健人くんの事人間だって知らなかったのかな。
都合のいいアイドルのプログラムか何かだと思っていたのかな。運営に文句言ったら方針変わると思ってるのかな。いや配信プログラムだとしても自分の好みじゃないって公式に文句つけるのはどうかと思うけど。

でもこれって突き詰めたら私も同じなのだろうか。
ただただ自分の望むままの姿でいてくれと思いながら好きだよって言っているのは私もこの人たちも同じなのかな。

 


私はアイドルが好きで、V6とSexy Zoneがとても好きで、中でも自担の三宅健くんと中島健人くんが本当に好きで、
アイドルを全うしてファンに愛情をこれでもかと与えてくれる人たちにいつも笑っていてほしいし出来るだけ悲しまないでほしいし世界中に愛されていてほしいと思うけど、本当に本気で願っているけれど、これは全部私のわがままでしかない。
私が楽しく応援するためにそうならいいなって押し付けている勝手な願いだ。

私は私が幸せであるためにアイドルを見て応援して幸せを願っている。全部全部私のために。
私にとってアイドルはひたすらに趣味であり娯楽だ。人間なのにね。
私は結局彼らを美しく輝かしく楽しいアイドルのコンテンツとして愛している。愛でて消費している。
アイドルのファンって業が深いな!!

多分アイドルを好きでいる限り、好きな人を消費するっていう事実からはきっと私は逃れられない。
基本的にアイドルを見てはかわいい!!世界一かわいい!!って騒いでるけどいやでもきっとここでそんな見られ方は望んでないんだろうな…すまんな…気持ちになることもある。そういう時に、「ああ、私は勝手に彼を消費しているんだな」と感じる。
でも、どう頑張っても純粋に個人を愛するなんてできない。だってただの人間である彼らを私は何も知らないから仕方ないね。
昔バラエティで軽く健くんが言った「みんな虚像なんだから」って言葉はずっと忘れてはいけない気がしている。そりゃそうだよなぁ、人に見られていることを意識する瞬間はみんな虚像を作ろうとするよね。

それでもやっぱり、私は虚像を見せてくれる実像もできるだけ愛していたいと思う。しょせんあなたの上澄みしか知らない人間だけどその上澄みを生んでくれたあなたを好きでいたい。私の知らないところで人間として最高に幸せでいてほしい。



もう何をもって正しい愛し方かなんてわからないし、正しいことなんてきっとないんだなって気がしてきました。
極論私一人の「好き」なんて、あってもなくても向こうにしたらそれほど大きなものではない。それでもきっと受け取ってくれてはいるけど。
だから私の「好き」は決してアイドルのためにあるものではなく自分のためにあるんだってことを忘れてはいけないなと思いました。自戒。

ただ、アイドルでいる事実がある限り、アイドルを名乗ってくれている限りは「自分を見て幸せになる人の存在を望んでいる」と思う。
だからどんなときにもどんなことに対してもアイドルを見て私が幸せを感じることは、それだけは確実に私の望みと彼らの望みが一致していることだって思える。それだけはきっと間違っていないし、ファンにしか叶えられないアイドルの望み。
なので、今日も私は私の幸せのためにアイドルを愛します。

 

ちょっと前に下書きしてた分だけどジメジメしてるから放置してた。
でも最近アイドルに関する物騒な事件があったのでちゃんと考えようかなあと思いちゃんと書いてみました。
行動で、言葉でアイドルを傷つけようとする人たちはいる。身近な人を傷つけることにはためらってもそういうことにはためらわない人間って結構いる。気味が悪いですね。
なんだかんだこのような気持ち悪い人間ってどうしても存在するので運営事務所その他諸々にきっちりアイドルは守られてくれ…。
どうかアイドルが自分勝手な「好き」のために傷つけられることがありませんように。

1発目から暗めのこと書いたけど元気です。

あけましておめでとうございます。
今年も元気にジャニオタします。
よろしくお願いいたします。